本当にオーストリアの工事は遅いのか? ウィーンの地下鉄工事

2008年にはサッカーのユーロカップがオーストリアとスイスで共同開催される。それに合わせて、ウィーン(Wien)の新しいスタジアム(勿論サッカーの)もできる予定だ。その影響ばかりではないだろうが、2007年の夏にウィーンに滞在した時は、いろいろなところで工事をしていた。目立ったのはターミナルの改装工事である。ハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)マイトリンク(Meidling)がホームを閉鎖に近い状態にまでして、工事を優先していた。地下鉄2番線が延長されて、展示会場(メッセ:Messe)や新しいスタジアムと中心部を結ぶらしい。そちらの方面には行かなかったが、大掛かりな工事をしていたことは間違いないだろう。
ところで、オーストリアに住む日本人の方から、「オーストリアの工事は遅い。」あるいは、「オーストリアでは何時も道路工事をしていて、通行の妨げになる。」というような、ぼやきに近い話を聞く事がある。この話には、「日本の工事は早い。」あるいは、「日本の工事は手際がいいので、交通の妨げにならない。」といった前提条件があるように思う。
オーストリアは西側諸国には属していたが、経済的にはちょっとというところがあり、都市交通、特に地下鉄の整備が他の先進国よりも遅れていまっていた。長く路面電車が都市交通の主役を務めており、環境が重要視される今、その福音に預るという幸運にも恵まれてもいる。とはいえ、地下鉄の整備が遅れていたのは事実だ。
私がオーストリアを始めて訪ねたのは1980年代の終わり、かれこれ20年近くも前になる。ウィーンの地下鉄は3路線(1、2、4番線)しかなかった。しかも1番線は今より短い。南は変わらないが、北はカグラン(Kagran)までしか行っていなかったと思う。市内移動には地下鉄も利用できるが、目的地にたどり着くには、どこかで路面電車かバスに乗換えなければならなかった。
さてその頃、私が住んでいる京都でも地下鉄の工事が始まっていた。ウィーン以上に古い街である。開通しているのは南北に走る一路線、東西に走る路線の開通は遠い未来である。「掘ったら(遺跡が)出る。」といわれる京都のこと、工事期間も半端ではない。工事中が長く続いている。
2008年1月、ウィーンには5本の地下鉄が走っている。6番線などは当初、「路面電車の線路を利用しただけ」と悪口を言われたが、南北のターミナルであるマイトリンク(Meidling)(路線はその南に続く)とフロリドスドルフ(Floridsdorf)を結び、立派なウィーン市民の足の1つである。以前はなかった3番線は、ウィーンをほぼ東西に横切り、ウィーン西駅(Westbahnhof)と中心部を直結している。路面電車やバスも勿論必要だが、市内の移動の大半は地下鉄を利用できるようになっている。2番線も延長されたら、もっと便利になるだろう。
ところで、京都、工事はまだまだ続いている。地下鉄は2路線、南北と東西だ。カバーできる地域も少ないので、市民の足の主役はバスのままだ。しかもその工事が道路を占拠しているため、バスの運行の妨げになる。この先の拡張計画を考えても、地下鉄が主役になるのはかなり先になりそうだ。
さて、オーストリアの工事は本当に遅いのか?
私の目には京都の方が遅く、交通の妨げになっているように見える。

1990年頃のウィーンの市内交通、地下鉄が少ない 2007年頃のウィーンの市内交通

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