ドナウ河沿いを列車で行く
ワッハウ渓谷(Wachau)からマウトハウゼン(Mauthausen)まで

世界遺産にも登録されているワッハウ渓谷観光といえば、メルク(Melk)とクレムス(Krems am der Donau)間の観光船が有名だ。しかしこの間も含め、ドナウ河(die Donau)の北側をほぼ河に沿って、ローカル線が通っていることを知っている人は少ない。このローカル線はクレムスから、メルクの対岸も通り、サンクト・ファレンタイン(St. Valentin)まで続いている。観光船は夏期(4月〜10月)しか運行しないが、列車はローカル線とはいえ、れっきとしたオーストリア鉄道(BB)の営業路線であるから冬期も走っている。冬のドナウ河の車窓も楽しめるというわけだ。
私はかねてからこのローカル線に乗車してみたかった。でも、なかなか機会がなかった。第一、サンクト・ファレンタインまで、主要路線の特急だと約1時間半、この経路を利用すると4時間もかかってしまう。よほど暇か、鉄道マニアか、用事がなければ利用しない。加えて、クレムスからサンクト・ファレンタインまで通して運行している列車は、その当時1日1本のみ。大抵は、クレムス、エマースドルフ(Emmersdorf am der Donau)間と、サンクト・ニコラ・シュトルデン(St. Nikola-Struden)、サンクト・ファレンタイン間で折り返し運転をしている。通しで乗車するには、非常に利用しにくい路線でもある。
その夏、私はマウトハウゼンに行くことにした。用事を作った訳だ。マウトハウゼンはサンクト・ファレンタインの2駅手前になる。ほぼ通しでこの路線を利用できる。
その列車はフランツ・ヨーゼフ駅(Franz-Josefs-Bahnhof)を朝8時頃に発車する。私は7時にはホテルを飛び出した。フランツ・ヨーゼフ駅発の列車に乗る時は、何時もハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)で乗り換えたりするのだが、今回は最初から乗りたかった。ドナウ河を堪能するためにもいい席を確保したかったのだ。
フランツ・ヨーゼフ駅に行くと何時も不思議な感覚にとらわれる。ホームが地下にあるような気がするのだ。実際は1階にある。ウィーンの他のターミナル、西駅(Westbahnhof)とか南駅(Sdbahnhof)とかでは、ホームは2階にあり明るく華やかな感じがする。でもフランツ・ヨーゼフ駅は暗い。大きな建物の1階にあるから日が射さないのだ。プラハに行った時もここから乗車した。鉄のカーテンがなくなったばかりの年で、まるで暗い国に行くような気がした。東欧に行くのだと実感した。
列車は自転車専用車輌も組み込んだ余暇仕様だ。オーストリアの田舎に行く列車はこの手の仕様がよくある。もともとオーストリアでは列車に自転車を持ち込んでもよい。冬場だとスキーを履いた人もいる。でもこの仕様の場合、自転車の固定が楽だし、他の乗客に迷惑をかけない。自分は客車でゆっくりもできる。時々、ツーリングをする私にとって、日本に1番ほしい物の1つだ。
首尾よくドナウ河の席を確保して、列車はフランツ・ヨーゼフ駅を後にした。車掌が来て私の切符を確認する。「マウトハウゼン」そういいながら、しげしげと私を見る。「マウトハウゼンに行くなら、この列車じゃない方がいいよ。」多分彼はそう言いたかったのだ。あるいは、「暇だね、列車マニアか?」
列車はすぐにドナウ河を渡り、クレムスまでは田園地帯を行く。ドナウ河は見えない。クレムスで暫く停車して、いよいよドナウ河観賞の旅が始まる。
クレムスを出てすぐ、対岸の山の上にゲットヴェグ(Gttweig)の修道院が見えてくる。北側の山と河との間の狭い土地は葡萄畑だ。すぐにデュルンシュタイン(Drnstein)の村が見える。列車からでも水色の塔が目立つ。
トンネルを抜けるとヴァイセンキルヒィン(Weienkirchen in der Wachau)だ。お城のように巨大な教会が葡萄畑の中にそびえ立っている。
やがて列車はシュピッツ(Spitz an der Donau)で停車する。ワッハウ渓谷でも最良のワイン産地、葡萄畑が北側の山の斜面いっぱいに広がっている。列車は葡萄畑の中に停車している。シュッピッツを出てからも、列車はしばらく葡萄畑の中を進んで行く。

シュピッツの教会と葡萄畑 河岸にそびえるお城

何度が観光船で通ったワッハウ渓谷だが、河からの眺めとはまた違った趣がある。河を眺められるのがいい。時折、貨物船がゆっくりと河を行く。河は重要な運送ルートなのだ。河からでは河は見えない。列車から線路が見えないように。
メルクの修道院が見えるとワッハウ渓谷が終わる。大体の客はエマースドルフで降りた。先程まで隣に座っていたご夫婦が、自転車に乗って大きく手を振っている。私を見ている。言葉は交わさなかったが、私をちゃんと見ていたのだ。私も大きく手を振る。笑顔が返ってきた。
エマースドルフから暫くは河川工事が進んでいるので、少しがっかりした。日本の河と同じだ。コンクリート漬の護岸。でも、それはこの辺りだけだった。マルバッハ(Marbach am der Donau)辺りからはもっと田舎になる。河は自然の形のまま、再びゆったりと列車の横を流れていく。
その先も見所は沢山あった。ペルセンベルグ(Persenberg)の町でドナウ河は大きく湾曲している。町はその湾曲したドナウ河に囲まれている。駅から見ると、小高い丘(駅のある所)から河に向けて、なだらかな斜面に町が広がっている。美しい眺めだ。ふと、列車を降りて、町の端(ドナウ河が湾曲している地点)まで行きたくなってしまった。その時は思いとどまったけど、ぜひ何時かあそこに行きたいと今も思っている。
ロッテンベルグ(Rottenberg)付近では、ドナウ河は完全なV字渓谷の底を流れている。河は列車の遥か下、貨物船も小さく見える。両岸の山はかなり高く、険しい。でも、こんな場所にも駅がある。何人か降りて、何人か乗り込んだ。
ゲラィン(Grein)には、ゲラィン・バド・クレツェン(Grein-Bad Kreuzen)という駅がある。Bad(温泉)が付くように温泉の町のようだ。丘の上のお城?(または修道院?)の麓に町がある。もしかしたらお城は温泉ホテルかもしれない。そこからのドナウ河の眺めも良いだろう。たとえそこがホテルでなくても、町には温泉ホテルがあるはずだ。1度は滞在してみたい町だ。この付近で人の乗り降りが多くなってくる。大きな町(サンクト・ファレンタイン)が近づいている証拠だ。
やがて、列車は再びドナウ河から離れていく。田園というより、近郊の住宅地だ。「次がマウトハウゼンだよ。」車掌がそう言って、通り過ぎて行った。私はマウトハウゼンで降りた。
マウトハウゼンもドナウ河に面した町だ。港もある。この駅を出て直ぐ、列車は再び(ようやく)ドナウ河を渡り、サンクト・ファレンタインの町の中に入って行く。
私はマウトハウゼンの駅を出て、用事を済ませる。帰りはさすがにサンクト・ファレンタイン経由で帰った。でも、またあの列車に乗りたい。今度は用事もなく、できれば何処かで下車して、ドナウ河の近くで休みたい。

Kino_Sanの独り言 目次へ戻る