「間違えてハンガリーにも行っちゃいました。」 「え?間違えて?」

それは何時もの税関の検査官との会話だった。
「オーストリアからですか?」(彼らはその時間に到着する飛行機を熟知している。)
「はい。」
「何日ぐらい行かれました?」
「1週間ぐらいです。」
「オーストリアだけですか?」
「いえ、間違えてハンガリーにも行っちゃいました。」
「え?」(予想外の沈黙)「間違えて?」
そう、私だってハンガリーになんか行く気はなかった。全然なかった。その日の気分では、ホイリゲでビールを飲む可能性より低かった。でも、しかし、非常に不幸な出来事の積み重ねで、私はハンガリーに行ってしまった。そして、2分もたたないうちにオーストリアに引き返す事になった。本当にちょっとした間違いだったのだ。例えていうなら、次の角を曲がらなくていいのに、思いつきで曲がってしまった程度のことだ。オーストリアからハンガリーに行くなんて、次の角を右折する程度のことなのだ。
その日、私はドイチェクロイツ(Deutschkreutz)に行くつもりだった。正確にはドイチェクロイツまで列車で行き、バスに乗り換えて、ネッケンマルクト(Nekenmarkt)まで行く予定だった。ネッケンマルクトまで行くバスは少ない。だから私はバスに合わせて、ソードティローラー・プラッツ(Sdtiroler Platz)発7時48分の列車に乗った。終点はドイチェクロイツ、列車は快速、1時間半もかからないでドイチェクロイツに着く予定だった。でも、往々にして、出来事は予定通り進まない。検札に来た車掌は聞いたこともない駅でバスに乗り換えるように行った。理由はなし、とにかくバスに乗れとの事だ。他の乗客にも聞いたが、皆理由は知らない。そもそも、列車は3駅目ぐらいから遅れだしている。皆、目的地に着くことの方が大切なようだ。
ところで、ドイチェクロイツはミッテルブルゲンラント(Mittelburgenland)北東部に位置している。つまり、ハンガリー国境ぎりぎりの位置だ。しかも、そこに行く快速列車は地形の関係で、1度ハンガリーに入る。そして、一駅だけハンガリーの駅に止まる。シュプロン(Sopron)その駅の名だ。国内線のローカル列車が止まる外国の駅なのだ。
とにかく、列車は本来停車する予定のない小さな駅に止まる。私達はバスに乗り換える。バスはブルゲンラント州(Burgenland)の田舎を行く、列車の代替輸送なので、真直ぐには行かない。停車予定の駅に回り道しながら走っていく。駅では人々がバスを待っている。何人かが降り、何人かが乗り込む。やがてバスは、これまた快速なんてとうてい止まりそうも無い、田舎の小さな駅に止まる。1両編成のローカルな列車が止まっている。私達を待っていたのだ。私達は再び列車に乗り込む。
さて、私には問題が発生している。そこが何処か知らないことだ。時刻はとうにドイチェクロイツ着予定を過ぎている。自分の位置がつかめていない。だがしかし、ここは駅員に従うしかない。
列車は動き出し、次の駅に止まる。大きな駅だ。だが、オーストリアの駅には必ずある駅名を書いた青い看板がない。率直に云えば、何処の駅か分からない。しかし、皆そこで降りてしまった。一人残らず。当然、終点、あるいはまた乗り換えだと思った。だから、皆の後を付いて行った。何故かパスポート・コントロールがある。とりあえず、パスポートを見せて、駅を出た。
目に入ってくるのは、ハンガリー語の看板。
「シュプロン!」
私は叫んで、パスポート・コントロールを逆行した。
「ごめんなさい。ドイチェクロイツに行きたいの。間違えちゃったの。ドイチェクロイツ行きの列車はある?」
ドイツ語で叫びながら走る。私を押したのは、一人しかいなかったハンガリーの入国検査官だ。オーストリアの出国検査官は3人もいるのに、私語に夢中で、逆行する私の事など気にかけてもいない。親切なハンガリーの入国検査官はハンガリー語で何か言いながら、私を先程の列車に乗せた。すぐに列車は動き出す。乗っているのは僅かに3人。しかも、走っていくのは先程までと変化のない田舎。葡萄畑や牧草地帯が続く。やがて列車はそこそこの大きさの駅に止まる。青い看板にはドイチェクロイツの文字。どうやらここが目的地のようだ。30分ほどの遅れだった。以外と早く着いた気がする。

ようたくたどりついたドイチェクロイツの駅 この辺りにレンタサイクルがあるはずなんだけど。。。

駅前の広場に出るが、ネッケンマルクト行きのバスは当然出た後だ。次は午後1時過ぎまでない。町の案内所に行ったが、パンフレットが置いてあるだけで人はいない。近くの店に人に聞いたがレンタサイクルもない。ネッケンマルクトまでは7kmぐらい。往復徒歩はきつい。つまり、ネッケンマルクトには行けない。私はドイチェクロイツでホイリゲを2軒はしごし、ヴィノテク(Vinothek)でネッケンマルクトと、同じくその日に行く予定だったホリチョン(Horitschon)のワインを購入して、早々にウィーンに引き返した。帰りも同じ行程だろう。だとしたら、早く帰る方がいい。
ドイチェクロイツを出た列車はシュプロンに止まる。間に国境らしきものは無かった。散歩でもしていたら、間違えてハンガリーに入国してしまいそうな感じだ。シュプロンの駅にはハンガリー国鉄の列車も止まっている。よく見ると、駅名も書かれている(オーストリアとはかなり違う位置だが)。私は絶対に降りない。ウィーン着も30分ほど遅れた。早々に切り上げて正解だ。

再びシュプロンの町が近づいてくる シュプロンの駅、確かにオーストリアの駅とは雰囲気が違う

さて、日本の税関の検査官は目を丸くしたままだ。私はパスポートを開いて、ハンガリーの入国スタンプを見せる。
「国内列車だったんだけど、一駅だけハンガリーの駅に止まるの。で、間違えて降りちゃった訳。」
彼は苦笑する。事情は多分理解していない。
「もう、行っていい?時間ないし。」
このようにして、私は税関を通り抜けた。パスポートには勿論、ハンガリー出国のスタンプはない。

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