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オーストリア政府観光局
オーストリアワインマーケティング協会

フランツ 灯りぐらい点けろよ!!

2009.07.26

サンクト・ファレンタイン(St. Valentin)からウィーン行きの特急列車に乗り、私は生きている人間の世界に戻った。ドイツからの列車で社内はかなり混んでいた。女性ばかり3人組みの1つ空いた空間に席を確保して、生きている人間達に馴染むように、ウィーンまでの時間を過した。悲しいかなその努力は報われず、ウィーンの街でも私は違和感を持ち続けなければならなかった。
夕食はグリンツィング(Grinzing)に行った。あれは月曜日だったのだろうか?何時もの店は閉まっていたので、なんとなく横道に逸れてしまった。大して逸れた訳ではないが、ホイリゲの電球が目に入った。見上げた庭には人の気配があった。生きている人だ。この世界に馴染む為に、私はその庭を目指した。
大きなホイリゲではない、テーブルは5つぐらい。1つだけ空いていたので、そこに腰掛けた。すぐに笑顔が清々しい、マスターらしき人が注文を取りにきた。それがフランツだ。
「白ワインを1杯、それからミネラルウォータ。」
笑顔を絶やさないまま消えて、すぐにワインと水がテーブルに届けられた。ワインはよく冷えていて、美味しい。
食事を買いに店の中に入ったが、カウンターは狭く、ハムやソーセージと切っていない野菜が並んでいるだけだった。フランツの母親らしき人がカウンターの奥に腰掛けていた。
「何を食べる?」
何を注文したかは覚えていない。パンとチーズかハムだろう。私はお腹を満たすより、生きている人らしく、食べるという行為を実行したかっただけなのだ。
フランツが食事を買った私を捕まえた。
「何処から来たの?」
「日本。」
「ドイツ語は話せる?」
「少し。」
「英語は?」
「すっごく、少し。」
「それは、問題だ。」
フランツは、まともにドイツ語も話せない(振りをした)私が、こんな場所で一人でいることを心配してくれたと思ったのだが、後にそれは大きな誤解であったことが分かる。彼にとっての問題は、自分といろいろおしゃべりができないかもしれないということだったのだ。フランツはおしゃべりで、馴染みの客の席についてはおしゃべりを楽しみ、他の客の注文を無視したり、忘れたりした。それが、この観光客の多いグリンツィングという場所も手伝って、時々小さなトラブルに発展してしまうのだが、彼はそれも意に介していないようだった。
その後もこの店には何度か行ったが、開いている時がうまく把握できないので、5回程度ではなかったかと思う。特に近年は開いているところを見た事がなかった。多分3年ぐらい行っていないと思う。

2009年5月のある月曜日、私は電球の前に立っていた。電球は点いており、どこから見ても、開店中であることを告げていた。見上げた庭への門は閉じられており、店の窓にも灯りは見えない。でも、開店中なのだ。閉店しているなら、電球は点いていないはずだ。
坂を上り、店のドアを開ける。案の定、店の中は真っ暗だ。
でも、客がいる。2人だけ真ん中のテーブルに腰掛けている。
「こんにちは。」
私は声をかけて、ストーブの前に座る。この日は小雨が降っており、店の中は思いの外寒かったのだ。
フランツが注文を取りにきた。相変わらずの笑顔だ。でも、注文を聞かずに口を開く。
「君、前にも来てくれたよね。僕、覚えているよ。そうだろ?」
私は注文を無視されたことに少し腹を立てながら応える。
「ええ、来たわよ。だから、白ワインとミネラルウォータをくださる?」
私の調子が狂った。
この店でもフランツとのおしゃべりを避け、私は片隅で一人ワインを飲んでいた。だが、この日は歯止めが利かない。他の客とおしゃべりを始めたフランツを引きずり出して、ワインを注文したり、他の客のグループに入って、好き放題。酔っていた訳ではない。なんとなく、この店のシステム(?)に馴染んでしまっただけだ。挙句の果て、ワイン代を踏み倒した。
次は9月に来る予定だというと、みんな(客?)は、「では9月に、また。」と言っていたが、この店は開いているのだろうか? 確認した私にフランツは笑顔でそっとウインクしただけだ。(???)

ラッシャー   ラッシャー

それにしてもフランツ、開けているなら店の中の灯りぐらい点けろよ。初めての客がびびって帰るだろ?
な、フランツ!!