国境を越える国内列車 回廊列車(Korridorzug)
四方を海に囲まれた日本に生活しているとあまり実感できないが、国と国の間には国境というものが存在する。オーストリアの場合海がないので、四方(正確には8ヶ国と国境を接しているので、八方)を外国に囲まれていることになる。出鱈目に車を飛ばしたら、同じ場所をぐるぐるとでも回っていない限り、数時間後には外国ということだ。
ところで、現在のオーストリアはオーストリアの残骸といってもいい国で、時代によっては世界でも第2位の面積をほこる大国だった首都周辺部のみが残された形となっている。北はポーランドや旧ソビエトの一部、南はイタリア北部やスペイン、新大陸にまで領土が存在したい国が、2度の大戦によって現在のオーストリアにまで削られてしまったのだ。巨大な帝国が子供のおたまじゃくし(たしかに似てるよな)になってしまったと言われる所以だ。
負けたのだから仕方ないと云えばそれまでだが、分割されてしまった為に不便なことも発生した。その一つが鉄道網である。当時最も進んだ国の一つであったオーストリアは、すでにかなりの鉄道網を保有していた。それがいきなり分割である。路線の一部あるいは大半が国外に取り残されるという事態が発生してしまった。そのために、国内列車なのに、国外を走る路線が存在することとなった。国内線なので、外国では乗り降りできない。当然、停車もしない。回廊列車、ノンストップで国外を疾走する列車のことだ。
オーストリアには3ヶ所存在する。
最も有名なのは、オーストリアの大動脈、首都ウィーンから、第3の都市リンツ(Linz)、サルツベルグ(Salzburg)を経て、チロル(Tirol)の州都インスブルック(Innsbruck)に至る(勿論その先もある)路線だ。日本で言えば東海道新幹線にも匹敵する。この路線はサルツベルグを出てすぐにドイツに入る、国内に戻ってくるのは、アルプスの山を迂回したカウフシュタイン(Kufstein)だ。この路線は国内での移動も可能だが、アルプスの山の中を走ることとなるので、所用時間はドイツを通った方が短くなる。大動脈だけに、主要列車は殆どドイツ経由で走っている。最も、走るのは特急や急行ばかりだし、ドイツとの関係は常に良好だったので、この路線が回廊列車として大きく意識されることはなかったようだ。観光客が珍しがったぐらいだ。
2つ目はチロル州、州都インスブルックと東チロル(Osttirol)の中心都市リエンツ(Lienz)を結ぶ路線だ。オーストリアとしては幹線とは言えないが、チロル州に限ってみると動脈とも言える大切な路線である。国外を走る距離も長い。では、何故チロル州の幹線が国外を走っているのであろうか?ここで、オーストリアの地図を確認していただきたい。チロル州だ。可笑しなことに気づかれないだろうか?チロル州は2つある。というより、リエンツのある東チロルは飛び地なのだ。日本人的考えでいくと、サルツブルグ州(Salzburg)かケルンテン州(K
rnten)に属してもいいんじゃないかと思う。しかし、もう少し視野を大きくしてほしい、今話しをしている回廊列車の走る沿線まで見てほしい。そこに存在するのは南チロル、イタリアとはいえ、今もドイツ語を話す人々が暮らす地だ。つまり、チロル州は1つだったのだ。南チロルがイタリアとなり、東チロルは飛び地となってしまったけど、この路線は紛れも無く、チロルの中心を走っている。それが証拠に、この路線のイタリアの駅にはドイツ語の別名も付けられている。民族問題は多少存在したが、オーストリアもイタリアも西側に属していたため大きな問題が発生することはなかったようだ。そして、イタリアと同様、オーストリアもEUに加盟した今、国内列車と変わらない機能を果たしているはずである。
3つ目は東にある。ハンガリーとの国境地帯、ブルゲンラント州(Burgenland)中部、ノイシードラ湖(Neusiedler See)の南だ。もう1度地図を見よう。オーストリア領にハンガリー領が不自然な形で入り込んでいる部分がある。町の名前はシュプロン(Sopron)、ハンガリーの町だ。ここをオーストリア鉄道が走っている。回廊列車の中でも距離は最も短い。しかし、ここが最も悲惨で最も大きな悲劇をもたらした。何故なら冷戦時代、この回廊列車は鉄のカーテンの間を行き来していたからだ。線路の脇にはハンガリーの国境警備隊が立ち、列車はシュプロンの駅を全速力で通過した。ハンガリーの人々はこの列車に乗ることを夢み、オーストリア鉄道は乗せることができなかった。もともと、このような複雑な国境線ができたのは、住民の意思を尊重したからだ。パプスブルグ帝国時代ブルゲンラント州はハンガリーに属していた。それが戦後の分割時に、オーストリア領になるかハンガリー領になるか、町ごとに住民投票で決めたのだ。多くのブルゲンラント州の町がオーストリアを選ぶ中、シュプロンはハンガリーを選んだ。そして、鉄道も分断された。
2006年夏、私はドイチェクロイツ(Deutschkreutz)に向かう。ウィーンから南南東に向かう列車だ。今はこの列車もシュプロンに停車する。まるで国内列車と変わりない。パスポート・コントロールもいたって簡単。シュプロンの駅で受ければいい。ハンガリーもEUに加盟した。シュプロンはウィーンの人の人気の買出しスポットだ。物価は安いし、列車で1時間ぐらいしかかからない。冷戦時代の緊張感は消滅している。だいたい、私には国境がどこにあったのかさえ分からなかった。同じブルゲンラントではないか?景色に違いがあるはずはない。
オーストリアで現在、厳密な回廊列車(国外ノンストップ)は、ウィーンからインスブルック方面に向かう、特急列車のみである。あとは生活の為のローカル線として、2つの国の間をゆったりと走っている。もはや、回廊列車とは呼べない。