懐かしき変形ボトルとドナウ(Donau)の流れ

クロースターノイブルグ(Klosterneuburg)の名前を知ったのは、日本に帰ってきてからである。私のオーストリアワインの世界は、テルメンレギオン(Thermenregion)という小さな地域から出る事はなかった。日本に帰って、オーストリアワインが恋しくなったわけだが、そう簡単にそれを手に入れることはできなかった。そこにクロースターノイブルグが登場する。ウィスキーのような変形ボトルと、赤白赤の捺印帯封を伴って。。。
それは1990年代が始まったばかりの頃だった。偶然にもあるデパートのワイン売り場で見かけたそれは、ワインとは思えない風格を伴っていた。赤白赤の捺印帯封があるからには絶対にオーストリア産だと確信した私は、そっと遠慮がちに、その売り場にあるそれを全て買い占める。家に持って帰れるかが問題ではない。1本でも多くのオーストリアワインを手に入れることが大切なのである。そして、クロースターノイブルグという町の名前を知る。

懐かしき変形ボトルのミニチィア 現在はこのタイプのボトルが多い

初めて彼の地を訪れたのはその後だ。ガイドブックを頼りに駅を降りた。そのワインが彼の地の修道院の名前を持っていたことは調べていた。だから修道院を目指した。ガイドブックには地図もなく、少し不安になっていたが、地図は必要なかった。駅から修道院は見えており、そこに通じそうな道は1本しかなかった。
修道院はガイドツアーで見学し、その時間調整はヴィノテクでワインを見て過ごした。あの買い占めたワインもあった。お土産に2本ほど購入した。ケラーにも寄りたかったが、まだ昼間なので我慢した。まだこの頃は、女一人の昼間からのワインは世間的にどうかな?と思えるだけの羞恥心が、私の中にも存在していた。まだ30代になったばかりで、微笑むだけでオーストリアでも騙される人が多かった。多分20代にも見えないのだろう。ガイドツアーも学生料金で済ませてしまった。

駅から修道院を目指す このカフェの場所に当時のヴィノテクがあった

帰りも列車を利用した。ドナウ河沿いに走る列車だ。河側の席に腰掛けて、私は初めてドナウ河の広さを知った。河は青く、ゆっくりと、広い河幅のままウィーンへと流れていく。目線が低いだけにデュルンシュタイン(Drnstein)の丘からの眺めとは随分違う。初めて「美しく青きドナウ(An der schnen blauen Donau)」が似合う風景に出会った。何時の間にか小さな声で口ずさんでいた。美しい風景だ。
でも私の満足は腕の中、あの変形ボトルのワインが2本、しっかりと抱きかかえられていた。

列車から見た夏のドナウ 列車から見た冬のドナウ

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