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意外と受け入れられた日本食
Akakikoとは?

2007.10.14

「友達と日本食を食べに行ったよ。」
そんな便りがピークを迎えたのは2000年頃だったと思う。だが私は、オーストリアの知人達が日本食を頻繁に食べるのは、単純に私という日本人の知り合いがいるからだと思っていた。確かにそれも理由の一つではあっただろう、もし京都にウィーン料理のレストランがあったら、私だって足繁く通ってしまうかもしれない。だから現実を目の前にした時、私は絶句してしまった。ウィーンがあんなことになっているなんて、私の想像の限界を遥かに超えていたのだ。
2000年夏、ウィーンには日本食レストランが乱立していた。旧市街(1区)でも、1つの通りに1軒とは言わないが、2・3通りおきにあったんじゃないかと思う。あのホイリゲ街として有名なグリンツィング(Grinzing)の中心にも1軒あったし、路面電車の窓からも時々見つけることができた。カールスプラッツ(Karlsplatz)ハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)の駅には、立ち食い寿司(すしスタンド)まであった。そして、とこもあろうか、生物を食べないオーストリア人達が、寿司や刺身に舌鼓を打っていた。生の魚を食べると言った時、あれ程バカにしていたというか、「信じられない。」という顔をしていた人達は、手のひらを返したように、「日本食は美味しい。」と皆絶賛していたのだ。
多くの日本食レストランは日本の地名をかかげていた。中華料理や韓国料理と共存して、多分中国人や韓国人が経営しているであろう店でも、名前は一人前の日本語だった。そこに、ひときは異彩を放つ店が現れた。Akakiko、日本語の表示はない。どこからとったのか、何が語源なのか、とにかく日本人には?な名前だ。ただ、東洋チックな女の子の絵が看板になっていることから推測するに、日本人の女の子の名前のつもりではないだろうか?
このAkakiko、ナーグラー小路(Naglergasse)フェルステル宮(Palais Ferstel)よりの出口にできたのが始めだったと思う。意外な感じだが、この店がかなり流行っていた。気が付くとシュテファン大聖堂(Stephansdom)に近いシンガー通り(Singer Straße)にも、店を構えるようになった。味は知らない。だいたいウィーンではホイリゲばかりに行っているのだ。日本食なんて食べてこともない。
さて、この日本食ブームは2年ぐらいで衰退期を迎える。徐々に店が閉まり始めた。グリンツィングの店はもとより、中華料理店は中華料理に戻り、韓国料理店は韓国料理に戻った。幾つかの店が空になり、幾つかの店がカフェや他の料理店になった。しかし、Akakikoはなくなっていない。若干、客足は衰えたような感じがするが、相変わらず頑張っている。思うにこのAkakiko、日本料理店というより、ウィーン風日本風料理店として頑張っているのかもしれない。

日本食レストラン   日本食レストラン

ところで、日本食に限らずウィーンでは食べ物の栄枯衰退が激しい。日本食の前はピザだったし、後にはスターバックス(スタンド・カフェ)がきた。どれも同じ、異常なくらい店の数が増え、ある時を境に急激に減っていく。そして現在は見る影もない。日本食はそれほど落ち込んだ訳ではないが、減ったことは確かだ。そう思うと、派手で意味不明、日本人には受け入れがたいAkakikoもなんだかいとほしく感じる。異国の町で頑張っている、隣町の知り合いのように。