故郷の河岸にて
2011.12.02
農業が土地を造り、山を造り、水を造る
水は町を潤し、海を育てる
耕作されなくなった農地は山にも、野にも還らない
耕作されなくなった農地は山を崩し、水を濁す
濁った水は町を襲い、海を殺す
私はあの日、始めて殺された海を見た
土色の水は山を崩し、森を崩し、人々の生活を呑み込み、海を殺し続けていた
2011年9月2日、水は私の故郷を呑み込んだ
2011年9月17日、私は今も海を殺し続ける水を見ていた
故郷への道は寸断され、鉄道とバスを乗り継いで
ようやく故郷を見たのは、熊野川の河口付近だった
熊野市駅からバスに乗り込んだ人々は、私と同じ境遇の匂いがした
バスから熊野川が見えた時、バスの中に重い沈黙が乗り込んで来た
そこには溜息すら入り込めない
かつて川と呼べた物は土色の水の流れとなり、海を殺し続けていた
それは既に水ではないのかもしれない
泥と流木、それは山の残骸なのだ
かつては実り多かった農地の残骸なのだ
誰が山を崩したのか?
誰が海を殺し続けているのか?
それは、少なくとも耕作しなくなった人々ではない
私は目を閉じる
秋の夕暮れが棚田を包み込んでいる
金色に輝く稲穂が風にゆれる
赤とんぼが二匹、私の髪をすり抜けて行った
私達はもう、その棚田のお米を食べることすら出来ない
- 2011年9月の台風12号による豪雨で、多くの親族や知人が被災しました。
見舞いに訪れた私に礼を言いながら、皆が東北を案じていました。
「ここはこの程度で住んだけど、東北は大変だろうなぁ。」
私は思います。その人も自分の境遇を悪く思っていいのです。悲しんでいいのです。
でも、彼らは東北を案じ、東北の為に泣いています。
