金曜日の夕食 甘い物が嫌いな本当の理由
私は女のわりには、甘い物が大嫌いである。しかもおやつ全般、甘くないスナック類やおせんべいなども殆ど食べない。つまりデザートと間食はお断りということだ。
公式には、食事(デザート以外)が大好きなので、間食をしてしまうと十分に食べられない、ということにしている。でも、公式があるということは非公式も存在する。そして当然ながら、大きいのは非公式な理由の方だ。
私はオーストリアで暮らして甘い物が大嫌いになった。トルテの国、カフェ・コンディトライ(Caf
Konditorei:自家製のトルテを出すカフェ)があちこちにあるオーストリアでだ。しかも原因はトルテでもデザートでもない。金曜日の夕食なのだ。
オーストリアはカトリック教徒が大半を占めるカトリックの国である。私もだが、私が居候をしていた家族もカトリックだった。カトリック教徒は基本的に金曜日に肉を食べない。というか、食べてはいけない。金曜日はキリストが処刑された曜日だ。カトリック教徒は、基本的に金曜日は喪に服する。
あくまで基本的で、例外はある。でも、ここでは例外については説明を省略させていただく。問題は基本的な日の話だからである。
肉が食べられないなら、何を食べるか?イタリアでは金曜日を「魚の日」と言うそうだ。勿論、オーストリアでも魚は食べる。鱒料理などはどこのレストランにでもある、結構ポピラーな分野の料理だ。乳製品などもいい。チーズのペーストやフライなど、いろいろバリエーションはある。
でも、一般的な家庭には「金曜日の夕食」という別名をもつ料理がある。正直、思い出すのもつらい。私には2度と食べたくない料理の1つだ。正式な名前も忘れた。嫌なものは忘れるにかぎる。
さて、その「金曜日の夕食」、実に恐ろしく甘くて、ボリューム万点。あの大食いのオーストリア人が夕食として認めているぐらいの食べ応えである。ひょっとしたら、細かな間違いはあるかもしれないが(もう2度と見たくもないものだから、記憶の1番底に埋葬していたのだ。詳細まで憶えていなくて当然だ。)、ざっと以下のようなものであった。
まず、甘いジャムを小麦粉主体の生地で包む(いちご大福など想像してはいけない。ジャムはあくまで激甘、生地は簡単に破れないほど厚い。)、これを茹でて、上げたパン粉を絡ませる、そして仕上げに粉砂糖をたっぷりかける。1つの大きさは、直径約5cm。これを1人4個ぐらい食べる。
想像してほしい、例えば、砂糖を振り掛けたあんまん4個を食べることを。はたして食べられるだろうか?私は絶対に無理である。
最初は無理して、2個ぐらいは食べていた。でも続かない。1個になり、ついに食べなくなった。
とにかく、私はこの「金曜日の夕食」が大嫌いになり、金曜日はいろいろ理由を作って、家で食べないようにした。あれは1個食べるのも苦労する。恐ろしい食べ物である。
「今日は友達と遊びに行くから遅くなるわ。だから食事はいらない。ごめんなさい。」
ママに電話をかけたその日から、私は自主的に甘い物を食べていない。レストランでもデザートは断っている。あのような物を食べるくらいなら、一生トルテを食べない方が私には仕合せなのだ。このようにして、私は甘い物が嫌いになった。間食をしなくなった。
そして、私にとって金曜日は「魚の日」になった。