大失敗(Fiasko:フィアスコ)
ウィーンで書かれたレム最後の小説
2007.05.26
実に大失敗である。文学者でもレム(Stanis
aw Lem)の研究家でもないのだから、レムの詳細な経歴をしらなくても当然なのだが、まさか最後の小説をウィーンで書いていたとは思ってもみなかった(起筆は西ベルリン(Berlin))。
レムは西ベルリン滞在を経て、1983年にウィーンに住み始めている。「大失敗」の起筆はこの頃で、完成は1985年、レムがウィーンを後にしてクラクフ(Krak
w)に戻ったのは1988年であるから、「大失敗」の殆どはウィーンで書かれたことになる。レムは本当にオーストリアと関係の深い作家だったのだ。
私が始めてオーストリアを訪れたのは1989年、まだ鉄のカーテンが存在していた。その前の年までレムが住んでいたのかと思うと、あの時なにげなく歩いていた街、なんとなく皆が感じていた不安定感(後にそれは鉄のカーテンの消滅として姿を現す)が、何事にも代えられない経験として蘇ってくる。あの頃のヨーロッパは何かしら地に付かない物、期待というか不安いうか、今まで絶対的と思われていた物が静かに僅かずつ、でも確かに崩れていく雰囲気のようなものがあった。その時レムがいた。少し遅れて私もいた。
レムは1982年にポーランドを出て西ベルリンに移り住んでいる。1980年に始まった「連帯」による革命が1981年暮れの戒厳令で宙に浮きそうになった直後だ。そしてウィーンに移り、1988年、実に「連帯」のマゾヴィェツキを首班とする連立内閣が成立する前年にポーランドに戻っているのだ。ウィーンという一見安定しているように見える西側の街で、しかしながら東ヨーロッパに半島のように突き出している最前線の街で、レムは書いていた。自身最後の小説(彼はそのつもりだったのだろうか?ある程度は決めていただろう)、しかも大失敗で終わることに決めた小説をである。結末は大失敗、題名も「大失敗」、なんとも読む者を不安にさせる小説ではないか。
「大失敗」は「行ってしまった」小説である。有名なレムのコンタクト三部作(「エデン」「砂漠の惑星」「ソラリス(Solaris)」)のもう一歩先へ、「天の声」のその発信源へ行ってしまうのだ。そして主人公達を待ち受けているのは大失敗。つまりレム的終わりを迎えてしまうのだが、なんか行ってしまって抜けている感じがいい(とは云え、普通のスペースオペラ的なSF小説を期待している人にはもどかしい結末とは思うが)。内容的にはウィーンでの生活の影響は殆どないと思うのだが、宇宙船内での生活で温室があるところなんてウィーンの影響も考えられなくもない。
さて、結果的に東欧の社会主義は大失敗に終わってしまったようだ。東側からのスパイの前線基地としての西側の街ウィーンも、今となっては中央ヨーロッパに牧歌的に花を添えている美しい街の1つとなってしまった。かつての東欧諸国がEUに加盟していく中、鉄のカーテンどころか国境の存在もおぼろげになりつつある(誰かみたいに間違えてハンガリーに行く人もいるみたいだし)。
ところで、西側の資本主義は大失敗にはならないのだろうか?
