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鐘の音が空から降ってくる
なんとかたどり着いた、初めてのウィーン

2007.03.18

鐘の音で目が覚めた。教会の鐘の音がまるで空から降ってくるように、四方八方に響いている。そしてここがウィーンであることを思い出した。初めてのヨーロッパだ。仮造りのベットの上で私は再び目を閉じて、昨日、いや一昨日からの苦行と言ってもいい、飛行機での移動を思った。
私が初めてヨーロッパへ行った時、今のようなシベリア(Siberia)の上空を飛ぶ直行便はなく、殆どの便がアラスカ(Alaska)のアンカレッジ(Anchorage)経由だった。勿論、ウィーンへの直行便もない。ヨーロッパの何処かで乗り換えなければならないのだ。大阪空港から昼過ぎの便に乗り、成田発は夜、アンカレッジを経由して、翌日の朝にヨーロッパ着、そこから乗り継いでウィーンに着くのは昼過ぎである。感覚的にはまる一日、実際には30時間ぐらいかかっていた。これは上手くいった場合の予定である。予定とは往々にして上手くいかないものである。初めてのヨーロッパ行きで、その予定は大きく変わってしまった。不運は不運を呼ぶものである。私はウィーン着昼過ぎの予定が、夜中、つまり22時過ぎになってしまったのだ。
最初の不運は出発の前日から始まっていた。その時私は英国航空(ブリティッシュ・エアウェイズ:British Airways)を利用したのだが、私の乗る予定の1便前(つまり前日)の便が、成田空港で事故を起こした。大した事故ではなかったが、出発がかなり遅れたようである。その影響が私の便に出た。なんとアンカレッジで8時間も待機するというのだ。乗務員のやりくりがつかないとのことだ。どうも飛行時間の関係で、アンカレッジで乗務員が変わるようなのである。もちろん乗換え便も変わる。ウィーン着予定も8時間ほど遅れる予定となった。
私は成田から、ホームスティする予定の友人の家に電話をかけた。誰もでない、ウィーンは丁度お昼前、出かけているのかもしれない。とりあえず英国航空の係員に伝言を頼んだ。期待はしていなかったが、もしやという気持ちもあった。とにかく、飛行機からは電話できない。苦肉の策である。結果的には英国航空はなにもしてくれなかったようである。友人は私が遅れることを知らなかった。
さて、アンカレッジで待つだけ待った私は、翌日の3時頃にヒースロー空港(Heathrow Airport)に到着した。乗換え便までは1時間、ヒースロー空港ではかなり余裕のない乗換え時間だ。案の定、出発便のターミナルに着いた時は、出発時間まで20分もなく、私は同じ便で着いた日本人の女の子(その時は私も女の子に近かったが)と二人でターミナルの通路を全力疾走した。そして、そこでも不運が待っていた。搭乗を始めようとしていた便に不具合があったとかで、出発予定時間が2時間延びた。私はアンカレッジ空港だけでなく、ヒースロー空港も堪能することになった。今度は連れ(一緒に走った女の子)もいるので、二人で英国航空の悪口をいいながら、カフェで時間を潰した。ちなみに飲食代は英国航空持ちである。
思うにこの時、ウィーンの友人に電話すれば良かったのだ。でも、両替も面倒だったし、クレジットカード払いの電話も目に付かなかった。第一、私は疲れ過ぎていた。連れの女の子も同様だ。頭があまり回らなかった。
とにかく、私はウィーンにたどり着いた。12時間近くの遅れだった。友人宅に電話をして迎いに来てもらって、アパートに着いた時は12時を過ぎていた。本当はここに泊まる予定ではなかったのだ。ご両親の家にはちゃんと部屋も用意してくれていた。でも、ご両親を起こすには晩過ぎる。友人のアパートはベットが1つしかない。急ごしらえで、ソファーをベットにして、私は眠りについたのだ。

ベルヴェデーレ宮殿   ケプラー教会

再び鐘の音が聞こえる。私は確かにウィーンにいた。知り合いは友人とその家族だけだ。誰も日本語を話せない。航空券を買っただけの完全な個人旅行だから、トラブル時に泣きつくところもない。それでも知り合いがいるだけ心強い。ヒースローからの乗り継ぎが一緒だった女の子は一人でバックパッカーをやるそうだ。私よりかなりの勇気の持ち主だと思う。
私はベットから出て、カーテンを少しだけ開いた。殺風景な、しかし日本のそれとは違う集合住宅の上に、ウィーンの空が青く広がっていた。