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オーストリア政府観光局
オーストリア2ジャパン
オーストリーワインマーケティング協会

 

ホイリゲ初体験 ビールがない?

2005年

ある夏、私はオーストリアの田舎にいた。1990年より前の夏だ。オーストリア人の知り合いが一人いて、首尾よく、その両親の家に居候してしまったのだ。ウィーンから南に列車で1時間、葡萄畑の中にその村はあった。 テルメンレギオン(Thermenregion)と呼ばれるワイン産地だ。でも、私はまだ知らない。葡萄畑の存在にも気が付いていない。「やけに緑の多い田舎だなあ。」と思っている。
ある日、家族でシュネーベルク(Schneeberg)にドライブに行った。フラッと日本から来て、遠慮なく居付いている、どうしようもない私に、家族は本当に良くしてくれた。オーストリアの仕事時間は日本と違う。少し早いのだ。早く始まって、3時~4時には終わる。仕事で疲れているはずなのに、パパはプールサイドでぼんやり本を読んでいる私を見て、家族でドライブに行くことを提案してくれたのだ。本当にいい人だ。渡りに船、ではなくて、退屈にドライブということで、私はすぐにのった。そして、家族でシュネーベルクを目指した。
シュネーベルクは国立公園になっていて、ちょっとした動物園や展望台がある。みんな結構歩いた。だから村に帰る頃には喉が渇いていた。
パパが言った。「ホイリゲに寄ろう。」
ドイツ語は大学で習った。しかし化学の専門書しか読んだことのない私である。「ホイリゲ」なんて方言を知るはずがない。ガイドブックは1冊持って行った。でも中身はあまり見ていない。だいたい田舎でゴロゴロしてるのだ。ガイドブックに出てくるところなど、私の行動範囲ではない。従って、私は「ホイリゲ???」状態だった。でも、聞けなかった。いや、聞かなかった。行けば分かると思ったからだ。

確かに緑が多い このような一軒屋のホイリゲばかりへ行ってました

そこはこの家族と行った中では、1番おしゃれな(基準がカフェなんかとはかなり違うと思うけど)ホイリゲだ。夏の夕暮れ、庭に出された席で人々が楽しく飲んでいた。(何を?)
家族はその1つの席に着いた。ママが店の奥の方へ一人で行った。ウエイトレスが来て、注文を聞く。「何を飲む?」誰かが聞く。「飲み物だけ?」と思いつつ、私は答えた「ビール」(喉が渇いたら普通ビールでしょう。)
そこに居たみんなが大笑い。「ビールはないよ。白ワインか、赤ワインだよ。」友達が言う。私にはまだ理解できていない。ワインしか飲み物のないレストランが存在することを。しかし郷に入れば郷に従えだ。白ワインを注文する。
ママが大きなお皿にハムを沢山盛ったものを運んできた。後から店の人らしき人が、パンと取り皿を置いていく。注文したワインもくる。しかもジョッキで。ジョッキに入ったワインなんて見たことがない。私は半信半疑でワインを飲む。そして私のワインの常識は完全に崩れ去った。

ジョッキに入ったワイン? こんな素朴な料理が多い

ワインといえば、ジュースのような甘口の白ワインしか飲んだことのない私だった。その時のワインは、キリッとしまった辛口で、西洋わさびを付けたハムに良く合った。信じられないぐらい美味しかった。そしてビールのように爽やかだった。
多分、2杯飲んだ。でも、私が1番酔っていないようだった。そう、私は酒が強い。その頃は1升瓶でもOKだったのだ。だが、ホイリゲの意味は理解できていない。理解できたのは、数日後、違った趣のホイリゲに行った時だ。パパとママは、ホイリゲなんてださい所に行くのを敬遠する我が子を諦めて、酒の強い私をお供にしようと考え初めていたようだ。
そこはどう見ても農家で、レストランには見えなかった。でも、ワインもハムも出てきた。ワインの味は微かに土の香りを含んでいた。
おやじが私の前に座る。だいたい、そこはおやじと奥さんらしき人しかいない。
「俺の造ったワインは美味しいか?」
手が汚い。不潔な訳ではない。農家の手だ。この人は多分、葡萄も栽培しているのだろう。
「美味しいよ。」
私が答える。おやじは満面の笑みを浮かべて、周りの人に自慢する。
その時、考え付いたのだ。「ホイリゲ」とは自家製のワインを飲ませる、簡易食堂のようなものではないかと。そして、結果的にそれは正解だった。
日が完全に落ちて、裸電球が灯った。夏の夕暮れが終わる。でも、私はあい変わらずビビッテいる。笑っても、農家のおやじには凄みがあったからだ。