沈黙を続ける古い産地の復興
新しい風は西と南から吹いている
2010.04.11
意外と知られていないことだが(あるいは、全然気に留めてもらえないことだが)、オーストリアはローマ帝国の一部だった。ウィーン(Wien)はワインの産地として有名だったらしい。その時代からワイン生産が行われているということは、オーストリアのワインの歴史は半端じゃないということになる。
さて、ローマ帝国だった訳だから、それなりの遺跡もある。ウィーン市内にも、その外にもある。その中で一番有名なのがカルヌントゥム(Carnuntum)だ。オーストリアワインに詳しい人なら聞いたことがある名前のはずだ。ウィーンの東、スロヴァキア(Slowake)とハンガリー(Ungarn)の国境まで、ドナウ河(Donau)の南岸に広がった葡萄栽培地域の名前だ。その名前はその地域の中にある、ローマ時代の遺跡の名からきている。つまり、この葡萄栽培地域のワインの歴史も半端じゃない。
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だが、オーストリアワインの歴史(と私が言うのは、精々、ここ30年ぐらいのものだが)の中でカルヌントゥムの名前が出ることも、その地域のワインが評判になることも、近年を除いては殆どなかった。
ペトローネル・カルヌントゥム(Petronell-Carnuntum)の遺跡の周りを歩くと、葡萄畑の緑に圧倒される。バド・ドイチェ・アルテンブルグ(Bad Deutsch-Altenburg)の町には、地元の人だけじゃなく温泉目当ての湯治客や観光客も想定したホイリゲが点在している。静かな温泉の町を取り囲むのは葡萄畑の緑だ。
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バド・ドイチェ・アルテンブルグの駅で列車を降りた私は、ヨーロッパの古くからの温泉町が持っている特有の雰囲気、静かで洗練された町を散策して、一軒のホイリゲに入る。この辺りが嘗てブラウフレンキッシュ(Blaufränkish)の名産地であったことは知っているが、ホイリゲとしては無難なウェルシュリースリング(Welschriesling)を注文する。よく冷えていて、このワインの良いところ、ホイリゲとして飲むための条件である酸味をおさえた若々しさがよく出ている。
いい造り手だ。
カウンターにつまみを買いに行き、ついでに横のショーケースからワインを1本購入する。前の年のブラウフレンキッシュだ。このワインは帰国してから飲むことになる。そして、その美味しさに驚くことになる。
文句の付けようがない、いいブラウフレンキッシュだ。無理に文句を付けるとすれば、こんなに若いのより、もう少し寝かしてほしいということぐらいだろうか。スクリーキャップではなく、コルクで販売してほしい。それが恨めしいばかりのいい出来だ。
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2000年代に入ってから、この地域の西側、ゲッテレスブルン(Göttlesbrunn)周辺で動きが起こる。赤ワインの復興だ。オーストリアでもポピュラーな赤ツヴァイゲルト(Zweigelt)を中心に、キュヴェ(Cuvée)で市場に出るワイナリーが出始める。それは市場にも受け入れられた。だが、残念なことにオーストリアらしいと言えるタイプの赤ではない。
南側の葡萄栽培地域ノイシードラセー(Neusiedlersee)北側では、若者達がブラウフレンキッシュの栽培を争っている。それはとんでもないことになっている。その騒動もここには届いていないような気配だ。
カルヌントゥム東側は嘗てブラウフレンキシュの名産地であった。今はホイリゲの片隅で細々と売られているワインはその名残だ。値段が安く、スクリューキャップの早飲み仕様のそのワインは、期待を裏切る程に昔と変わらない極上品だ。
そこは沈黙を続けている。嘗ての評判を表に出すこともない。だが、眠れる巨人のままでいるつもりもないらしい。静かに、生産者達は動き初めている。それでなければ、ボトルの中身が極上品であるはずはない。彼らは既に造り始めているのだ。





