枯草熱 僅かに残されたオーストリアの春
私に春はない。満開の桜もない。寒い冬のあとには、残酷で無慈悲な3ヶ月があり、やがて雨の季節がやってくる。
枯草熱(こそうねつ:Hay fever)とは花粉症のことだ。19世紀の始め、イギリスで枯草を扱う農夫が多く発症したために、その名が付けられた。後に原因は枯草ではなく、イネ科の花粉であることが分かり、花粉症(Pollinosis)と呼ばれるようになる。従って、ヨーロッパにも花粉症は存在する。勿論、オーストリアにも存在する。多くはイネ科の植物によるものだが、ヒノキ科の針葉樹もあるので、それによるものも多い。だが、日本のように杉ばかり集中して植林されている訳ではないので、やばい季節には草むらに近づかなっかたり、オーストリア人の好きなハイキングを控えれば、症状はそれ程ひどくはならない。
私は花粉症である。だから春はない。ひたすら花粉の飛散が終るのを待つだけだ。他にもアレルギー物質はあるのだが、日本では杉と檜の飛散がとにかく多すぎる。
ある新聞で欧米人は花粉症でもマスクを付けないことを非難していた。症状がひどい日は仕事を休んでしまうそうだ。記者はマスクを付けて、仕事に出るべきだと主張していた。花粉症ごときで仕事を休むなんて非効率だし、マスクを付ければ外に出られるのだから、花粉症にかこつけて仕事をさぼっているだけであるとのことだ。いろいろな考え方があるが、多分、その記事を書いた記者は花粉症ではないのだろう。もし花粉症なら、絶対にそんな記事は書かない。私は記事もだが、その記事を掲載した新聞社にも失望した。
先にも書いたが、私は花粉症である。従って花粉症の季節は、患者特有の身形をしている。そうでなければ外出することができないからだ。帽子(キャップではなくハット)、眼鏡、マスク、長いコート、手袋、とにかく肌の露出を最小限にするよう努力している。それでも熱を出したり、肌がただれたり、粘膜がやられて血を吐いたりする。花粉症はアレルギー疾患である。ただくしゃみをしたり鼻水が出たりするだけではない。特に熱が続くと、欧米人ではないが、仕事が休めたらどんなにいいかと思う。ちなみに、病院にも定期的に通い、治療を受け、薬も飲んでいる。
こんな身形だから、結構いやな思いもする。この季節はマスクをしている人が多いとはいえ、ここまで徹底している人は少ないので、かなり怪しい人になってしまうようだ。スーパーとかはあまり気にしないようだが、店によってはかなり不愉快な思いをすることがある。あるデパートの化粧品売り場では販売を拒否された。「そのような商品は置いておりません。」その店員はきっぱりと言った。私はその商品をそこで定期的に購入していたので、信じられない言葉だった。会員証も見せて、カルテを確認するように頼んだが、彼女の態度は変わらない。この時は、その売り場の責任者が気付いて、カルテを確認し、商品を出してくれたので事なきを得た。デパートからの丁寧な謝罪もあった。
ユニクロではボトムの裾を合わせてくれなかった。何度頼んでも無視された。精算して、裾直しを頼むと、今度は裾合わせをしていないことでなじられた。店長に抗議したが、店長は店員の話しか聞かず。今度は2人で私を攻め立てた。結局、この商品は返品したが、返金さえしてくれなかった。友人の説では、ただでさえ日本人に見られることの少ない私である。マスクなどしていたから、外国人の窃盗グループの一員と思われたのではないかというのであるが、変に説得力があるから悲しい。
新聞もマスクをしない欧米人より、マスクをしている人を差別する店などをもっと非難してほしい。といっても、花粉症の辛さやマスクの不快感を知らない人には無理な話かもしれない。
さて、そんな訳で、私に残された春はゴールデン・ウィークの数日間、オーストリアで過ごす休日だけだ。葡萄畑を歩きながら、春の空気を心置きなく吸い込む。満開の花々を眺める。日本では考えられないことだ。
残されたのは、僅かなオーストリアの春。その春を失う日が来ることもあるのだろうか?