恋人までの距離 変わらない風景

2006年8月、私は何時もの様にオーストリア航空でウィーンに向かった。機内での楽しみといえば、食事と映画だ。12時間も閉じ込められるのだから、例えそれが期待外れに近いものであったとしても、自分の許容範囲の中で十分に楽しむしかない。
座席に座って一番先に確認するのは映画プログラムだ。特に行きは時差ボケを防ぐために、できるだけ睡眠はとらないようにしている。3本ぐらいは観ることができるので、どれを観るか順番を決める。オーストリア航空は、例外もあるが、エコノミークラスも各座席にモニターが設置されているので、観るプログラムと順番は自由に選択できる。今回、日本語吹き替え版は期待外れ(1つが子供向けだったので)だったが、英語版と独語版のみで「恋人までの距離(Before Sunrise)」がプログラムに入れられていた。なんとも懐かしい感じだ。続編が昨年公開され、設定が9年後だったので、この映画の公開は10年以上前になると思われる。
明確なストーリーはない。ハンガリーからパリへ向かう列車の中で知り合った、フランス人の女性とアメリカ人の男性が1夜をウィーンで過ごすというものだ。ただ夜のウィーンの街をそぞろ歩く。そんな映画だった。公開された当時、この映画で目を引いたのは、二人の設定が大学生ということもあり、当時ウィーンの若者の間でホットになっている場所が、次々と舞台になっていたことだ。特にシュピッテルベルク(Spittelberg)地区に若者向けの新しいカフェバーが次々と開店している頃で、その辺りをそぞろ歩く二人は絵になっていた。

レストランが集まるシュピッテルベルグの広場 シュピッテルベルクにはお洒落なビストロ風のレストランが多い
シュピッテルベルクの静かな裏道 シュピッテルベルクにはカワイイ系の小物を扱う店が多い

私は懐かしさもあって、この映画を観ることにした。しかも2回も観てしまった。不覚にも、1回目の途中で居眠りをしてしまったからだ。以前にも観たことがあるので、2回も観ていると細部にも目がいってしまう。二人の背景もじっくり見てしまう。確かに懐かしい風景だ。でも、殆ど変わっていない。シュピッテルベルクもフランツィスカーナ広場(Franziskanerplatz)も、路面電車のシュッテントーア駅(Schottentor)も、今年撮ったと言われても分からないのではないだろうか?

フランツィスカーナ広場とクライネス・カフェ 繰り返し映されたシュッテントーアの半地下駅

確かにウィーンの旧市街(1区)あるいはその周辺地域は、外観上は大きく変わっていない。中には展示場が美術館になったり、新しいホテルができたりしているが、外観は以前にあった建物をそのまま使用していることが多い。あるいは雰囲気を同じ様な感じにしている。私も始めてウィーンに行ってから20年になるが、その頃とも大きく変わった所は少ない(全然ないわけではない)。だからオーストリア航空が、この映画をプログラムに入れていても違和感はない。いいウィーン観光の宣伝になるぐらいだ。
私は京都に住んでいるが、自宅の周辺の風景はここ数年で大きく変化してしまった。テレビなどを見ていると、昔ながらの町屋がよく登場するが、あれは切り取られた風景で、町屋の両側は新築のマンションだったりする。新築の町屋もどきも多い。四条河原町や四条烏丸の交差点に立つと、大きなビルばかりで、京都らしさなんてない。風景も目まぐるしく変わる。
欧州の都市の風景が変わらないのは石の建築が多いからだという人がいるが、本当にそれだけだろうか?木造建築では風景は保てないのだろうか?風景を残すのは人だ。建物ではない。建物を建てる人の意思だ。ウィーンの変わらない風景。強い人の意思を感じる事がある。
恋人までの距離、懐かしい1990年代初め、だがそこには今も息づいている風景がある。

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